時は数年前に戻る-----
「お兄ちゃん、いってらっしゃい」
インクリングの幼体の女の子、ソフィアが言った。
「行ってくるよ」
ソフィアの兄のエリックが答えた。彼は既に人型に成長している。
「わたしもお兄ちゃんと一緒にナワバリバトルがしたいな」
ソフィアはいつも言っていた。
しかし彼女はまだ幼体なので、ナワバリバトルには参加は出来ないのであった。
「人型に成長したら、いつでも参加できるようになるよ」
そう言ってエリックはソフィアの頭にポンと手を置いた。
「うん! 早く人型になりたいな!」と、元気にソフィアが言った。
「複雑な気持ちだなあ・・・」
エリックはため息をついた。 彼は今、ハイカラシティに向かう電車に乗っている。
『わたしもお兄ちゃんと一緒にナワバリバトルに参加したいな!』
ソフィアのその言葉が頭の中をこだまする。
エリックが悩んでいるのは理由があった。
-----ソフィアは病気なのであった。
その病気とは治る見込みがほとんどない上に、インクリングの人型がかかると進行が早いものであった。
ただ、ソフィアはまだ幼体なので、病気の進行は遅い。 それは今では幸いと言えるのだが-----
ソフィア本人は、自分が病気だという事は知っているものの、まだ幼いためよくわかってなかった。
『早く人型になりたいな!』
確かに妹と一緒にナワバリバトルに行けたらいいのにな、とエリックは思っているのだが。
人型に成長すると、病気の進行が早くなるのだ。
もちろん、人型になると病気の進行が早くなるが、幼体の状態でも、ゆっくりではあるが進行する。
「ただいまー」
「おかえりお兄ちゃん」
家に帰ったエリックの所に、ソフィアが駆け寄っていく。
「あ! 新しいブキだ!」
ソフィアはエリックが今日出かける時をは違うブキを持っている事に気づいた。
「うん。 今日買ったんだよ」
そんな平和な日常であったが、それに立ちはだかるような事が起きたのであった。
ある日、健康診断に行ったエリックが、思わぬ事を医者に告げられた。
なんとソフィアと同じ病気にかかっていて、既に進行している状態だ、と。
ソフィアの病気は、感染で拡大するようなものではないので、うつされたという事ではなかった。
おそらく血のつながった兄妹であるソフィアと同じ体質だから、同じ病気にかかったのではないか-----
という医者の説明を受けた。
エリックはその診断を、両親はもちろんの事、周りの大人には伝えた。
しかし彼は、ソフィアには言わなかった。もちろん周りの者もソフィアには話していない。
人型がかかると進行が早いその病気は、既に人型に成長しているエリックの身体をむしばんでいた。
そして、今も病魔は彼の身体を包み込んでいく。
「お兄ちゃん、行ってらっしゃい」
そんな事を知らずにソフィアは今日も、エリックを見送っていた。
「行ってくるよ」
エリックは、ポンとソフィアの頭に手を置いた。 そして、いつものように、ドアを開けて外に出た。
「・・・・・・」
ハイカラシティに向かう電車の座席に座り、エリックは肩を震わせていた。
彼はこの電車に乗る前に、病状を診てもらうために病院に寄っていたのだが-----
医者に衝撃的な事を言われたのだ。
もともとこの病気は人型がかかると進行が早い。 今の状態からすると、妹が人型に成長する姿を見届ける事は出来ないかもしれない・・・と。
「・・・」
そんな中、エリックは声をかけられた。
「あのー、もしかしたらー・・・」
エリックは驚いて声の方向に向いた。
「もしかしてハイカラシティで降りるんじゃないですか?」
「あ。 はい、そうですけど・・・」
「駅に着いてますよ」
「えっ!?」
慌てて窓の外を見た。 電車は確かにハイカラシティの最寄駅に停車している。
「あ・・・、教えてくれてありがとうございます!」
エリックはそう言って、慌てて荷物を手に持った。
「いえいえ。 ナワバリバトルに行くような服装してたんでね」
声をかけた側は、そう言ったのだった。
何事もなかったかのように装うエリックだったが、ある日彼はナワバリバトル中に意識を失い、膝をついた。
「・・・!」
片手にブキ、反対側の手で額を押さえた状態で、エリックはしばらく固まっていた。
「おい! そこのもみじの奴! 何してるんだよ!」
そんな彼に、こんな声が飛んできた。 もみじ(もみじシューター)はエリックが持っているブキである。
「あ・・・すまん・・・」
なんとか意識を取り戻したエリックは、そう言うと、両手でブキを抱えて改めて立ち上がろうとした。
しかしすぐにまた膝をついてしまったのだった。
「何やってるんだよ!」
怒鳴り声が飛んで来たが、エリックの耳には入らなかった。
そして、彼が手にしているブキは、大きな音を立てて床に落ちた。
----ガシャッ!
その上にかぶさるような形で、エリックもその場に倒れた。
数時間後。
ハイカラシティの広場は騒然となっていた。
やがてバトル会場前に1台の救急車が入ってきた。
担架を持った救急隊員がバトル会場に入って行き、しばらくしてエリックを担架に乗せて出てきた。
場所は変わって救急車の中。担架に横たわっているエリックに救急隊員が話しかけている。
「名前は?」
「・・・エリックです」
あのあと意識を取り戻したものの、まだ彼は朦朧としている状態だった。
「お家はどこですか?」
「〇○町・・・」
「ご家族は何人?」
「両親と妹とオレとで4人・・・」
救急隊員がエリックに色々聞いてるのには訳がある。
連絡先などを聞く為もあるのだが、聞かれている事に対しての受け答えの様子を見て、意識がどれぐらいはっきりしてるかの確認でもあるのだ。
「妹の名前は?」
「・・・ソフィア」
「人型に成長済みですか、それとも幼体ですか?」
(人間で言う「何歳ですか?」という質問だと思ってください)
「・・・幼体。 ソフィアもオレも、同じ病気にかかっていて・・・」
「・・・!?」
救急隊員は、エリックのこの言葉に察したようだ。
治る見込みがない上に、人型がかかると進行が早い病気だという事に----
しかもエリックは既に人型に成長している。
「ソフィアはいつも言ってたんだ。 お兄ちゃんと一緒にナワバリバトルに行きたいな、早く人型になりたいな、って」
「わ・・・わかった」
救急隊員はそう言って、エリックの手をぎゅっと握った。
「無理しないで。 もうすぐ病院に着くから」
やがてエリックを乗せた救急車は、病院の前に着いた。
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